〜脳卒中の日記風〜
上へ、上へ…

ボクの永らく住み着いている病院はあまり大きくない。
病室があるのは３フロア。
ボクがいまいるのは３階だけれど、
病状が回復して行くに従って、
上の階へと上がって行ける。

この頃、自分でトイレに行くようになった。
看護婦さんに「トイレに行ったことある？」と聞かれて、
ボクは「無い」と答える。
ココまでボクのトイレはベットだった。
「じゃぁ、トイレに行ってみよう！」
久し振りだ…トイレ。
病院のトイレがどうなっているのかも知らないぞ。
車椅子は操縦してもらっていい御身分。
目の前の取っ手につかまってヨッコラショ。
ここからが物凄く大変。
立ち上がってのバランスが取れない。
歩くなんて、もっての外。
利き足でグルッと回るのも、
よろけて便座に軟着陸。

便座から落っこちないように見守られている。
普通なら恥ずかしくて、落ち着かないのだろうけど、
変に慣れっこになっているボクは「早くしなくちゃ！」と思うくらい。
案外、手早く済んだ。
でも、ここからがまた大変。
バランスが悪いなりに立ち上がり、
看護婦さんにお尻を拭いてもらって、
さっきとは逆に回って、やっとボクの帰りを待つ車椅子へ。
いっぱい水を飲むと良いらしい。
「一応、確認ね。」
看護婦さんが便座の中を覗き込む。
大変な仕事だよなぁ…

この頃は夜になる度、あることを言われることがある時でもあった。
「今日、○○さんが４階へ上がって行ったけど、トミヅカ君も惜しかったのよ！」
何故に眠る前かは定かでないが、
とにかく、みんなに言われたことを覚えている。
最終的には痰やオシッコの量が妙に少ない日があったので、
ことごとく否決になってしまっているものらしいが、
近々上の階へ行くことが出来そうだ。

思えば、
この病室の、
このベットは、
入院時のベットであって、
思い出深いベットでもある。
病室の出入口のところからは、
出勤や帰宅や残り当番の看護婦さんたちの姿がチラチラ見える。
手を振ったら「私を呼んでいるぅ〜」と来てくれたこともある。
帰りがけによく手を振ってくれる看護婦さんもいる。
３階の構造は未だによく分からないけれど、
この病室がナース・ステーションの隣にあって、
人通りが多かった。

３階から４階へ上がれることは、
病状が回復してきた証拠であって、
とても喜ばしいことなのだけれども、
たくさんの人に会う機会が減ってしまって、
たくさんの人に会えなくなるような気がして、
ちょっぴり寂しいなとも思うのだ。