〜脳卒中の日記風〜
集中治療室からの脱出

‘９８．１１．１１．
あと１０日で入院から２ヶ月。
時間はどんどん過ぎてゆくらしい。
でも、ボクの時間はまだそんなに経ってない。

今日まで、いろんなことをしてもらっている。
ハミガキは、イソジンで歯を拭いてもらったり、
歯ブラシでゴシゴシしてくれたり、
そう「してもらっている」のだ。
食事を口から食べることはないので、
食後ということはないけれど、
１日１回はハミガキをしてもらっていた。
その時、ボクはしゃべることが出来ないけれど、
何か話し掛けてくれるのも嬉しかった。

でも、その日は違った。
看護婦さんが、歯ブラシとピンクのガーグルベース
（ガラガラとしてペッとする小型の洗面器みたいなものだ）
を持ってきて、「さぁ、自分で磨いてみよう！」と。
初めてのことだ、というか「もの」を持つこと自体が久々のことなのだ。
もちろん、右手は動かないから、左手に歯ブラシを持って、いろいろと。
なかなか上手くいかず、動きもぎこちなく。
そして、時間が掛るので、
唇の隙間から、涎のたれ放題。

さらに、口をゆすぐのが、とにかく大変。
ブクブクするのが普通だろうが、全然それが出来ない。
ただ口に水を含んで、出しているだけ。
自分がブクブクしようと思っているのにだ。
しかも、口元が閉まりきらないから、漏れている。
筋肉がいうことをきかないわ、口が閉まらないわ。
水を吐き出すのも「プッー」と力強くは出来なくて、
そのまま零れて「ダァ」となる。
結局は口を拭いてもらうハメになった。
でも、飲み込まないだけ、いいんだって。
とりあえず、なんとか、ちょっとは自分で出来たぞ。

夜、辺りが騒がしくなる。
何だ、何だ、何事だ？
ベットが動いたぞ！
ストレッチャーに移されたぞ！
看護婦さんが言う。
「安心してね。」
でも、残念ながら安心出来ない。
まったく、いったい何が起こっているのか、まるで理解できない。
電灯が回り、天井もつられて回る。
カーテンが横を通り過ぎて行く。
ボクの寝床が遠ざかって行く。

廊下に出て、右に曲がる。
窓から見える外は、確かに暗い。
まったく、いったい何なんだ。
隣の部屋に運び込まれて、ベットに移される。
あれ！
このベットはココへ入院した時、寝かされたベットだ。
まさか、こういう展開になるとは思わなかった。
ようやくココに戻ってきたのだ。
ボクはココまで戻ってきたのだ。

と同時に、
「今の今までボクが寝ていたベットはどうなったのだろう？」
とも思った。
ボクのずっといた場所。

夜だった。
そのまま眠ってしまったのだろう。