〜脳卒中の日記風〜
ながうた

今日も始まってしまった。
この前、入院してきたおばぁさんの「ながうた」が。
あんまり他の患者さんのことには、
関心を示すことのなかったボクだけれども、
これには参った。
とても参った。
うるさい。
でも止まらない。
ボクが言うのだから半端でない。
まぁ、集中治療室で意識がしっかりしていたのは、
ボクぐらいだったらしいので、
あまり実害はないけれど…
そして、本人は朗々と気持ちよく唄っているようなのだが…

外見は、そう、「きんさん・ぎんさん」に似ている。
うちのおっかさんも後にそう言っていたので、
ボクの目が悪かったとはいえ、
そんなにハズしていないハズ。
恐いのは夜なのだ。
みんな寝静まっている時に「ながうた」が飛び出すことがある。
当たり前だが、本人が眠っている時は静かなのだ。
だから、看護婦さんも含めて、みんな彼女を起こさないように行動する。
音の鳴るタイマーはすぐ止める。
寝ている方向を変える時も、静かにソォーっと。
「シー！静かにね！」
でも、ボクの意志に反して痰が溜まってくるのが悲しいところ。
グッと堪える。
頑張る。
でも…ウ〜ン…もうダメだ、限界だ。
ゲホゲホ、ガホガホ。
良かった、今夜は起きないようだ。
…と思ったのも束の間、「ながうた」が始まってしまった。
朗々と唄ってる。
本人は気持ちいいんだろうな。
でも、でも、ボクはすっごく不快だ。
なまじ意識があることは、
（ありがたいことではあるんだけれど）
困ったもんだ。
こうして、病院の夜は朗々とふけてゆく…。

そういえば、うちのばぁさまも…
「ねぇ〜んねんころりよ、おこぉ〜ろりよ…」
子守り歌。
ムチャクチャ恥ずかしい。
「や、やめてくりぇー！」と心では思うが、
声は相変わらず出ないわけで。
うたは未知のパートに突入した。
ボクのおでこをテカテカになるまで擦りながら、唄う、唄う。
お、病室から一回出て行く。
ホッ。
一生懸命なのは分かるけど、どうしようもなく恥ずかしい。
他の人は聞いていないだろうけど、それでも恥ずかしい。
あれれ、再び登場。
そして、唄う、唄う。
左手で払うような仕草をしながら、
「もういい！」とボクは声が出ないままに怒ってしまった。

後に聞いたところによると、
この件に関して、ばぁさまはかなりしょげていたらしい。
でも、言っておくが、こんなことでメゲるようなばぁさまではないのだ。